「うーむ……これはまた予想外というべきか、想定外のものを見つけてしまった、という感じなのじゃな……」
王都より移動すること約三時間ほど。
即ち、通常であれば三日はかかる距離にある村を訪れたヒルデガルドは、そう呟くと溜息を吐き出した。
王都から百キロ近くは離れているとはいえ、最も近い街が王都なのだ。
村とはいってもそれなりの規模である。
ヒルデガルドがここを訪れるのは初めてではあるが、書類に記された通りであれば軽く数百人は住んでいるという。
視界に映し出されている住居の数も、それを肯定するものだ。
しかし――
「はぁっ……はぁっ……想定外のっ、はぁっ……ものっ……? っ、おいっ……はぁっ……何のことだかっ、はぁっ……分かる、かっ……?」
「っ、はぁっ……ちょっと、はぁっ……分からない、っ……はぁっ、かな……はぁっ……。その……はぁっ……静かで、いい……はぁっ……村だとは、思う、けど……はぁっ」
と、後方から聞こえてきた声に、つい苦笑を漏らす。
振り返れば、そこにいたのは二人の少年少女だ。
二人とも肩で息をし、疲労困憊といった様子なのは一目瞭然である。
まあヒルデガルドについてここまで一緒にやってきたのだ。
そうなるのも無理はなく……それでも周囲の様子を探り、ヒルデガルドの呟いた言葉の意味を理解しようとしているあたり、それなりに根性があるらしい。
もっとも、それを発揮すべき時は今ではないのだが。
「別に無理せずとも、今は休んでくれていいのじゃぞ? お主らの出番はまだ先じゃしな」
「いやっ、はぁっ……こんなとこで、はぁっ……足を引っ張るわけには、はぁっ……いかねえ……っ、はぁっ……いかないですから」
「う、うん……はぁっ……折角、はぁっ……呼んで、もらえたん、はぁっ……だから……せめて、はぁっ……少しでも、はぁっ……役に立たない、と……」
「うーむ……そんなつもりでお主らを呼んだわけではないのじゃがなぁ……」
どこか必死さすら見える二人……ラルスとヘレンの姿を眺めつつ、ヒルデガルドは溜息を吐き出す。
二人を同行させたのは、単に学院に戻ってきている者達の中で、最も戦闘能力が高かったからだ。
それ以外の意図は基本的にはない。
とはいえ、ソーマから二人の話などは聞いていたので、まったくなかったと言えば嘘になってしまうだろうが――
「ま、頑張るつもりがあるのはいいことじゃし、あまり邪魔するようなことを言うのもアレかの」
それがこちらの邪魔になるようなことがあれば話は別だが、今のところはそういったこともない。
この状況にあっては、邪魔のしようもない、とも言うが。
「まさか村人全員が姿を消してしまっているとは、想定外なのじゃ」
そう、この村は無人だったのだ。
ヒルデガルド達はここに今やってきたばかりだが、その程度のことは視れば一目で分かる。
外に出ていないというだけではなく、家の中にも人っ子一人存在していないということが、だ。
それが想定外のものであった、ということである。
周囲の魔物の様子を聞くためにやってきたのだが……とんだ誤算であった。
「まあ、この事態を見つけることが出来た、ということを考えれば悪いものではないのじゃが……我に丸投げしたあやつの判断は正解じゃった、ということじゃろうか……?」
僅かな違和感を覚え首を傾げつつも、それが正解だったということは間違いない。
そもそも異常とはいったものの、今回のことは元を正せば、冒険者達がいつもと比べ魔物の数が少なくないか? とほんの少し疑問に思う程度でしかなかったのだ。
気のせいだと言われてしまえばそうかと受け入れる程度の、一見すればなんてことのないことである。
問題があったとすれば、それは王都の周辺各地で、しかもここ一週間ほどの間ずっと続いているということか。
ただそれもやはり、気のせいだと言われてしまえばそれで納得してしまうようなことだ。
少なくとも大半の者は、未だそれが異常などと思ってはいないだろう。
あるいはヒルデガルドも、そのことを知っていたところで、報告書として提出されなければ異常とは判断しなかったかもしれない。
だというのに報告書が、ギルドや国王が異常だと判断したのは……さて、どうしてだろうか。
そこにヒルデガルドは、違和感を覚えているのだ。
そもそも今回の情報は、受付や酒場などで雑談交じりにされていた会話から拾ったものである。
所詮噂話の域を出ない、本当にその程度のものだったのだ。
時にはそういった中に重要な情報が存在している、ということを否定するつもりはない。
しかしそれに気付く場合、大抵は根拠となる情報を予め知っているものなのだ。
それなくして気付くことは出来ないと言ってしまっても過言ではない。
勘や経験則から気付くにしても、前提となる知識は必要なのである。
そしてこうした前例が存在しないような出来事には、当然のようにそんな知識などあるはずがない。
なのに彼らはそれを異常と判断し、それと関係があるのかはともかくとして、こうして実際に異常なものは見つかったわけである。
本来ならば、彼らの判断はお手柄だと、そう言ってしかるべきなのだが――
「……ふむ、まあ、とりあえず今は保留じゃな。まずは状況を正確に把握するのが先決じゃろう」
そんなことを呟きながら、周囲に視線を向けるも、人どころか魔物の気配すらもなし。
こんなことになっていればすぐに誰かが気付くはずだろうから、こうなったのは最近だと考えるべきだろう。
とはいえ、一体何が原因でこんなことが起こってしまったのか。
じっくりと調べたいところだが……後方で未だ息を整えている二人を一瞥し、小さく息を吐き出す。
人手が必要かもしれないと思って連れてきたのだが、もしかしたら失敗したかもしれない。
二人が足手まといだという意味ではなく、状況次第では危険に晒してしまう可能性がありそうだからだ。
勿論ヒルデガルドはその可能性も考えてはいたし、二人もそれは承知の上ではあるだろうが……ここまで予想外のことがあったとなれば、さすがに思うところはある。
「……ま、最悪でも逃げ帰ることは出来るとは思うのじゃが……見極めはしっかりとする必要がありそうじゃな」
リナあたりを連れてくることが出来ていればこの辺のことはそれほど考える必要はなかったのだろうが、生憎とリナは見つからなかったのだ。
確かここ一週間ほどは姿を見ていないが……まあ、いない者のことを考えても仕方があるまい。
今いる者で、今出来ることを考えるしかないのである。
そんなことを思い、溜息を吐き出すと、ヒルデガルドはとりあえず今出来ることをすべく、周囲へと視線を巡らせるのであった。
予定通りに一日屋敷で休息を取ったソーマ達は、翌朝早々に屋敷を後にした。
休息ついでに屋敷の中を再度見て回ったが、やはり現状の手がかりとなるようなものは得られなかったからだ。
となれば必要以上に留まっている理由もないと、そういうことである。
むしろ何故こんなことになっているのかを調べるためには、周囲へと調査範囲を広げるべきであり――
「ふむ……さて、これは割と困ったであるな」
しかしその結果として、ソーマはそんな言葉を呟くこととなった。
周囲を見て回ったところで、そこには屋敷と同様に誰の姿もなく、もぬけの殻だったからだ。
しかもその様子もまた、屋敷でのそれと似たようなものであった。
生活感はあるのだが、荒らされたような形跡はなく、人だけが忽然と姿を消してしまったような状態だったのである。
まるで神隠しとでも言わんばかりだが、何の手掛かりも得られない以上は何とも言えなかった。
「わたしは世俗に疎いという自覚がありますのでお聞きしますが、こういったことは以前に何処かであったりしなかったのでしょうか?」
「一人二人とかならともかく……ここまで広範囲でのことってなると、ちょっとあたしは聞いたことはないわね」
「……ん、同じく。……村ごといなくなったって話なら聞いた事があるぐらい?」
「ああ、それならば我輩も覚えがあるであるが、確かそれって魔法か何かの失敗で村ごと消し飛んだと判断されたものであろう? さすがに今回のとは違うと思うであるが……」
母ならば同じようなことは出来る気はするものの、今回は人だけが忽然と姿を消したというものだ。
状況が違いすぎるし、ピンポイントにも過ぎる。
こんなこと、さすがに狙いでもしないと起こらないだろうし、そんなことを母がする理由もない。
いや、そもそもの話、こんなことをするには空間系の魔法でもないと不可能だろう。
だが母は空間系の魔法は使えないはずであり――
「つまるところ、結局これがどういうことなのかは分からないまま、ということであるな」
ただ、同時に分かったことも一つある。
どういうことなのかは分からないが、何かが起こったことは間違いがない、ということだ。
ほぼそれは確定していたものの、屋敷の中だけであればまだ母達がそうしただけという可能性があった。
しかしこうなってくれば、さすがにそれもないだろう。
「ま、人為的なのかはともかくとして、何かがあったのは確かなんでしょうけど……それで、これから先はどうするの? さすがにこのまま学院に戻るってわけにはいかないでしょ?」
「……ん、ソフィア達には私も世話になったし、何があったのかは気になる」
「シーラがお世話になった方ですか……ソーマさんのご家族でもあるわけですし、わたしも異論はありませんよ?」
それはつまり、予定を変更し、このことについて調べようと言ってくれているということだ。
確かにこの件について、ソーマは色々な意味で気になっているのは事実である。
だが。
「……いや、今のところ、当初の予定通り進むつもりである」
「……ソーマ?」
いいの? とアイナが視線で問いかけてくるが、それには肩をすくめて返す。
当然理由あってのことだし、そっちの方がいいと思ったがゆえの行動なのだ。
「その……もしかしてそれは、わたしのせいですか?」
「うん? ああ、いや、別にフェリシアのことは関係ないであるぞ?」
確かにフェリシアを連れたまま調査を続けるとなれば、問題となってしまう可能性はあるかもしれないが、正直それはあまり関係がない。
というよりも、どちらにせよ変わらないと言うべきか。
調査を進めようとしまいと、結局やることは同じなのだ。
「……? それってどういうことよ?」
「このまま調査を続けたところで、何か手掛かりが見つかるとも限らんであるからな。ならおそらくは、このまま王都に向かってしまうのが確実である。何だかんだで、あそこが最も情報が集まる場所であるしな」
「……そこでも分からなかったら?」
「その時はもう何処でも分からんであろうよ。それに調査を重点的に行なわないというだけで、道すがら情報を集めるのは行うつもりであるしな」
「なるほど……ですが、この様子ですと、王都も無事だとは限らないのでは?」
「その時はその時であるし……それに、多分大丈夫だと思うであるぞ?」
これが何処まで続いているのかは分からないが……さすがに王都までということはないだろう。
単体での戦力では国境二つには劣るものの、ヒルデガルドやリナがいることを考えれば実質あそこが最強だろうし、それは世界中を見回しても変わらないはずだ。
何が起こっているのだとしても、王都がどうにかなっているということは考えにくい。
「ま、これが魔王の仕業だとかいうならば分からんであるが、そんなことはないであろうしな」
「……まあ、そうね。何でそんな面倒なことを、とか言いそうだし」
「……本当に言いそうであるなぁ」
その場面がありありと想像出来てしまい、苦笑を浮かべ……ともあれと、呟く。
そして。
「そういうわけで、予定通り、このまま学院へと向かうである」
何となく、消え去らない嫌な予感を覚えつつも、ソーマはそう告げるのであった。
「うーむ……これはまた予想外というべきか、想定外のものを見つけてしまった、という感じなのじゃな……」
王都より移動すること約三時間ほど。
即ち、通常であれば三日はかかる距離にある村を訪れたヒルデガルドは、そう呟くと溜息を吐き出した。
王都から百キロ近くは離れているとはいえ、最も近い街が王都なのだ。
村とはいってもそれなりの規模である。
ヒルデガルドがここを訪れるのは初めてではあるが、書類に記された通りであれば軽く数百人は住んでいるという。
視界に映し出されている住居の数も、それを肯定するものだ。
しかし――
「はぁっ……はぁっ……想定外のっ、はぁっ……ものっ……? っ、おいっ……はぁっ……何のことだかっ、はぁっ……分かる、かっ……?」
「っ、はぁっ……ちょっと、はぁっ……分からない、っ……はぁっ、かな……はぁっ……。その……はぁっ……静かで、いい……はぁっ……村だとは、思う、けど……はぁっ」
と、後方から聞こえてきた声に、つい苦笑を漏らす。
振り返れば、そこにいたのは二人の少年少女だ。
二人とも肩で息をし、疲労困憊といった様子なのは一目瞭然である。
まあヒルデガルドについてここまで一緒にやってきたのだ。
そうなるのも無理はなく……それでも周囲の様子を探り、ヒルデガルドの呟いた言葉の意味を理解しようとしているあたり、それなりに根性があるらしい。
もっとも、それを発揮すべき時は今ではないのだが。
「別に無理せずとも、今は休んでくれていいのじゃぞ? お主らの出番はまだ先じゃしな」
「いやっ、はぁっ……こんなとこで、はぁっ……足を引っ張るわけには、はぁっ……いかねえ……っ、はぁっ……いかないですから」
「う、うん……はぁっ……折角、はぁっ……呼んで、もらえたん、はぁっ……だから……せめて、はぁっ……少しでも、はぁっ……役に立たない、と……」
「うーむ……そんなつもりでお主らを呼んだわけではないのじゃがなぁ……」
どこか必死さすら見える二人……ラルスとヘレンの姿を眺めつつ、ヒルデガルドは溜息を吐き出す。
二人を同行させたのは、単に学院に戻ってきている者達の中で、最も戦闘能力が高かったからだ。
それ以外の意図は基本的にはない。
とはいえ、ソーマから二人の話などは聞いていたので、まったくなかったと言えば嘘になってしまうだろうが――
「ま、頑張るつもりがあるのはいいことじゃし、あまり邪魔するようなことを言うのもアレかの」
それがこちらの邪魔になるようなことがあれば話は別だが、今のところはそういったこともない。
この状況にあっては、邪魔のしようもない、とも言うが。
「まさか村人全員が姿を消してしまっているとは、想定外なのじゃ」
そう、この村は無人だったのだ。
ヒルデガルド達はここに今やってきたばかりだが、その程度のことは視れば一目で分かる。
外に出ていないというだけではなく、家の中にも人っ子一人存在していないということが、だ。
それが想定外のものであった、ということである。
周囲の魔物の様子を聞くためにやってきたのだが……とんだ誤算であった。
「まあ、この事態を見つけることが出来た、ということを考えれば悪いものではないのじゃが……我に丸投げしたあやつの判断は正解じゃった、ということじゃろうか……?」
僅かな違和感を覚え首を傾げつつも、それが正解だったということは間違いない。
そもそも異常とはいったものの、今回のことは元を正せば、冒険者達がいつもと比べ魔物の数が少なくないか? とほんの少し疑問に思う程度でしかなかったのだ。
気のせいだと言われてしまえばそうかと受け入れる程度の、一見すればなんてことのないことである。
問題があったとすれば、それは王都の周辺各地で、しかもここ一週間ほどの間ずっと続いているということか。
ただそれもやはり、気のせいだと言われてしまえばそれで納得してしまうようなことだ。
少なくとも大半の者は、未だそれが異常などと思ってはいないだろう。
あるいはヒルデガルドも、そのことを知っていたところで、報告書として提出されなければ異常とは判断しなかったかもしれない。
だというのに報告書が、ギルドや国王が異常だと判断したのは……さて、どうしてだろうか。
そこにヒルデガルドは、違和感を覚えているのだ。
そもそも今回の情報は、受付や酒場などで雑談交じりにされていた会話から拾ったものである。
所詮噂話の域を出ない、本当にその程度のものだったのだ。
時にはそういった中に重要な情報が存在している、ということを否定するつもりはない。
しかしそれに気付く場合、大抵は根拠となる情報を予め知っているものなのだ。
それなくして気付くことは出来ないと言ってしまっても過言ではない。
勘や経験則から気付くにしても、前提となる知識は必要なのである。
そしてこうした前例が存在しないような出来事には、当然のようにそんな知識などあるはずがない。
なのに彼らはそれを異常と判断し、それと関係があるのかはともかくとして、こうして実際に異常なものは見つかったわけである。
本来ならば、彼らの判断はお手柄だと、そう言ってしかるべきなのだが――
「……ふむ、まあ、とりあえず今は保留じゃな。まずは状況を正確に把握するのが先決じゃろう」
そんなことを呟きながら、周囲に視線を向けるも、人どころか魔物の気配すらもなし。
こんなことになっていればすぐに誰かが気付くはずだろうから、こうなったのは最近だと考えるべきだろう。
とはいえ、一体何が原因でこんなことが起こってしまったのか。
じっくりと調べたいところだが……後方で未だ息を整えている二人を一瞥し、小さく息を吐き出す。
人手が必要かもしれないと思って連れてきたのだが、もしかしたら失敗したかもしれない。
二人が足手まといだという意味ではなく、状況次第では危険に晒してしまう可能性がありそうだからだ。
勿論ヒルデガルドはその可能性も考えてはいたし、二人もそれは承知の上ではあるだろうが……ここまで予想外のことがあったとなれば、さすがに思うところはある。
「……ま、最悪でも逃げ帰ることは出来るとは思うのじゃが……見極めはしっかりとする必要がありそうじゃな」
リナあたりを連れてくることが出来ていればこの辺のことはそれほど考える必要はなかったのだろうが、生憎とリナは見つからなかったのだ。
確かここ一週間ほどは姿を見ていないが……まあ、いない者のことを考えても仕方があるまい。
今いる者で、今出来ることを考えるしかないのである。
そんなことを思い、溜息を吐き出すと、ヒルデガルドはとりあえず今出来ることをすべく、周囲へと視線を巡らせるのであった。
予定通りに一日屋敷で休息を取ったソーマ達は、翌朝早々に屋敷を後にした。
休息ついでに屋敷の中を再度見て回ったが、やはり現状の手がかりとなるようなものは得られなかったからだ。
となれば必要以上に留まっている理由もないと、そういうことである。
むしろ何故こんなことになっているのかを調べるためには、周囲へと調査範囲を広げるべきであり――
「ふむ……さて、これは割と困ったであるな」
しかしその結果として、ソーマはそんな言葉を呟くこととなった。
周囲を見て回ったところで、そこには屋敷と同様に誰の姿もなく、もぬけの殻だったからだ。
しかもその様子もまた、屋敷でのそれと似たようなものであった。
生活感はあるのだが、荒らされたような形跡はなく、人だけが忽然と姿を消してしまったような状態だったのである。
まるで神隠しとでも言わんばかりだが、何の手掛かりも得られない以上は何とも言えなかった。
「わたしは世俗に疎いという自覚がありますのでお聞きしますが、こういったことは以前に何処かであったりしなかったのでしょうか?」
「一人二人とかならともかく……ここまで広範囲でのことってなると、ちょっとあたしは聞いたことはないわね」
「……ん、同じく。……村ごといなくなったって話なら聞いた事があるぐらい?」
「ああ、それならば我輩も覚えがあるであるが、確かそれって魔法か何かの失敗で村ごと消し飛んだと判断されたものであろう? さすがに今回のとは違うと思うであるが……」
母ならば同じようなことは出来る気はするものの、今回は人だけが忽然と姿を消したというものだ。
状況が違いすぎるし、ピンポイントにも過ぎる。
こんなこと、さすがに狙いでもしないと起こらないだろうし、そんなことを母がする理由もない。
いや、そもそもの話、こんなことをするには空間系の魔法でもないと不可能だろう。
だが母は空間系の魔法は使えないはずであり――
「つまるところ、結局これがどういうことなのかは分からないまま、ということであるな」
ただ、同時に分かったことも一つある。
どういうことなのかは分からないが、何かが起こったことは間違いがない、ということだ。
ほぼそれは確定していたものの、屋敷の中だけであればまだ母達がそうしただけという可能性があった。
しかしこうなってくれば、さすがにそれもないだろう。
「ま、人為的なのかはともかくとして、何かがあったのは確かなんでしょうけど……それで、これから先はどうするの? さすがにこのまま学院に戻るってわけにはいかないでしょ?」
「……ん、ソフィア達には私も世話になったし、何があったのかは気になる」
「シーラがお世話になった方ですか……ソーマさんのご家族でもあるわけですし、わたしも異論はありませんよ?」
それはつまり、予定を変更し、このことについて調べようと言ってくれているということだ。
確かにこの件について、ソーマは色々な意味で気になっているのは事実である。
だが。
「……いや、今のところ、当初の予定通り進むつもりである」
「……ソーマ?」
いいの? とアイナが視線で問いかけてくるが、それには肩をすくめて返す。
当然理由あってのことだし、そっちの方がいいと思ったがゆえの行動なのだ。
「その……もしかしてそれは、わたしのせいですか?」
「うん? ああ、いや、別にフェリシアのことは関係ないであるぞ?」
確かにフェリシアを連れたまま調査を続けるとなれば、問題となってしまう可能性はあるかもしれないが、正直それはあまり関係がない。
というよりも、どちらにせよ変わらないと言うべきか。
調査を進めようとしまいと、結局やることは同じなのだ。
「……? それってどういうことよ?」
「このまま調査を続けたところで、何か手掛かりが見つかるとも限らんであるからな。ならおそらくは、このまま王都に向かってしまうのが確実である。何だかんだで、あそこが最も情報が集まる場所であるしな」
「……そこでも分からなかったら?」
「その時はもう何処でも分からんであろうよ。それに調査を重点的に行なわないというだけで、道すがら情報を集めるのは行うつもりであるしな」
「なるほど……ですが、この様子ですと、王都も無事だとは限らないのでは?」
「その時はその時であるし……それに、多分大丈夫だと思うであるぞ?」
これが何処まで続いているのかは分からないが……さすがに王都までということはないだろう。
単体での戦力では国境二つには劣るものの、ヒルデガルドやリナがいることを考えれば実質あそこが最強だろうし、それは世界中を見回しても変わらないはずだ。
何が起こっているのだとしても、王都がどうにかなっているということは考えにくい。
「ま、これが魔王の仕業だとかいうならば分からんであるが、そんなことはないであろうしな」
「……まあ、そうね。何でそんな面倒なことを、とか言いそうだし」
「……本当に言いそうであるなぁ」
その場面がありありと想像出来てしまい、苦笑を浮かべ……ともあれと、呟く。
そして。
「そういうわけで、予定通り、このまま学院へと向かうである」
何となく、消え去らない嫌な予感を覚えつつも、ソーマはそう告げるのであった。