イングリッドの言葉の全てを信じたというわけではなかった。
それはイングリッドが信じられないというわけではなく、何か思い違いがある可能性もあるのではないかと思ったからだ。
エレオノーラ達からの評価を、何故か誤って受け取っていたように。
だが――
「おうおう、よく帰ってきたなぁ。元気でやってんのか?」
「突然帰ってくるなんて驚いたけど、まあアンタも忙しいんだろうからね。とりあえず元気そうな顔を見れて安心したよ」
「今日の飯はどうするか決まってんのか? 決まってねえんならウチで食ってけよ。なーに、今更遠慮なんていらねえよ!」
「聖都での暮らしはどうよ? 俺達はあんま縁がねえからな。よかったら色々と聞かせてくれよな!」
正直なところ、さすがにここまでとは思ってもいなかった、というのが本音である。
そう、村に辿り着くなり、イングリッドは盛大に歓迎を受けていたのであった。
しかしそれがイングリッドにとっても本当に予想外であったようなのは、その顔に浮かんでいる表情が示す通りだろう。
困惑を浮かべたまま、イングリッドは自分の周りに集まってきた村人達のことを眺めている。
そしてソーマ達は、そんなイングリッド達のことを少し離れたところから眺めていた。
どうしたものか迷っていた、と言った方が正確かもしれないが。
「さて……どうしたものであるかな……」
「本当に歓迎されているようじゃし、特にどうにかする必要もない気がするのじゃがな」
ちなみにヒルデガルドは、馬から下りるとようやく元に戻った。
その顔に満足そうな笑みを浮かべているところ以外は、ではあるが、まあその辺はもう気にしなくてもいいだろう。
ともあれ……ヒルデガルドの言うことにも一理ある。
追い出そうとしているのであればともかく、歓迎してくれているのだ。
何かをする必要があるかと言えば、別にそんなことはない。
ない、のだが――
「ああいや、その、だな……」
イングリッドは、本気で困惑しているようであった。
ちらちらとこちらに、助けを求めるような視線も向けてきている。
さすがに歓迎されているから構わないだろうと、あのまま放っておくわけにはいかないだろう。
「とはいえ、どうするのじゃ? イングリッドが困っているから止めろ、と我らが言うのも妙なことになりそうじゃしな」
「そうなのであるよなぁ……ふむ」
と、そんなことを言っていると、その場に一人の人物が進み出た。
それは腰の曲がった老人であり、柔和な笑みを浮かべながらその場を見渡す。
「これこれ、皆の衆。イングリッドが帰ってきてくれて嬉しいのは分かるが、本人が困っているぞ? とりあえず、そこら辺にしておくのがいいと思うがのぅ」
その老人の言葉で、ようやく皆は冷静になれたらしい。
それぞれが気恥ずかしそうな表情を浮かべながら、バツが悪そうにイングリッドへと謝り始めた。
「確かにその通りだな……突然色々と悪かった」
「そうだねえ……あまりにも久しぶりだったからちと興奮しちまったよ。悪かったね」
その様子を眺めながら、ソーマはほぅと感心したように息を吐き出した。
それほど強く言ったわけでもなく、また普通の言葉であったというのに、見事な統率力を見せたのだ。
年季も感じられたし、おそらくはあの老人が――
「……村長」
ソーマがその名称を思い浮かべたのと、イングリッドがそう呟くようにその名を呼んだのはほぼ同時であった。
それに老人――村長は相好を崩すと、細い目をさらに細めながらイングリッドのことを見つめる。
「すまんかったのぅ、イングリッド。皆お前が帰ってきてくれたことが余程嬉しかったようでな」
「い、いや……戸惑いはしたが、ありがたいことだからな」
「そう言ってくれると助かるのぅ。それで……今日はどうした、というのは聞いてもいいのかのぅ。お前はもうこの村の一員ではなく、聖都の聖騎士様で……今日も、ただ戻って来たというわけではないのだろう?」
そう言って村長は、こちらへと一瞬目を向けてきた。
なるほど、ソーマ達と共に来たということで、ただ帰省しにきたわけではないと見抜いているらしい。
それほど大きくない村とはいえ、まがりなりにもそこを治めている立場なだけはあるというわけか。
「……そうだな。今日は少しばかり用事があったからこそここに来た」
「ふむ……どうやらこの場で話すことではないようだのぅ。では、儂の家に行くとするか」
「……いいのか?」
「何を遠慮しとる。短い時間とはいえ、お前も暮らしたことのある場所だろう? 聖都の聖騎士様になったとしても、それは変わらんのだ。何も遠慮することはない。そちらの方々も、どうぞご一緒に」
「ふむ……お気遣い感謝するのである」
「感謝なのじゃ」
折角誘ってくれたのだ。
それを無碍にすることもあるまい。
そう思ってイングリッドへと視線を向ければ、未だ戸惑っている様子ではあったものの、しっかりと頷きを返してくる。
決まりだ。
そうしてソーマ達は、一先ず村長の家へと向かうことになったのであった。
藍色が混ざり始めた空の下を、ソーマ達は揃って歩いていた。
そろそろ日が暮れようかという頃合だが、元々到着するのはこのぐらいになるだろうと予測していたためそれ自体は予想通りだ。
歩を進めながら周囲を眺め、ソーマは目を細める。
その村を最初に見た時にソーマが抱いたのは、随分と長閑な村だなというものであった。
東側にあった街とは大違いである。
ソーマが東から聖都に入ったというのは既に語った通りだが、東側にもちょうど馬で半日程度の場所に人の住む集落があった。
だがあそこははっきりと街と呼べるものであり、下手をすればラディウスの王都よりも栄えているとすら思えるような場所だったのだ。
少なくともこの村とは雲泥の差である。
とはいえ、ソーマがどちらを好むかと問われれば、迷いなくその村の方を選ぶだろう。
ソーマは前世で剣の腕を極めようとしたものの、別に荒事を好むというわけではない。
長閑な場所で好きなことをすることが出来るのならば、それに越したことはないのだ。
ただし何故か、不思議とそうはならないというだけで。
ともあれ、そんな場所へとやってきたソーマ達を目にした村人達の反応は、まず驚きを示すというものであった。
しかしこれはイングリッドに気付いたからではなく、その外見を目にしてのものだろう。
イングリッドは、聖騎士の正装だという鎧を着たまま帰省したのだ。
イングリッドの話によれば、その村の人達は聖都の近くに住んでいる割に聖都に行くことはほとんどないということらしい。
だが、さすがに聖騎士の姿ぐらいは分かるだろう。
そして聖騎士とは、あくまでも聖都の守り手だ。
聖都の外に出るということは滅多にない。
場所柄旅人には慣れているだろうが、聖騎士がやってくるなど慣れているわけもなく、驚くことになった、というわけである。
しかもよくよく見てみれば、その聖騎士は聖騎士になるために村から聖都へと向かった者なのだ。
さらなる驚きと共にそれが周囲へと広がり、先ほどの騒ぎとなった、というわけである。
「ふむ……」
村長の家へと向かいがてら先ほどの状況を思い返してみたが、やはり不自然な点はない。
むしろソーマが当初考えていた通りの流れだ。
どちらかと言えば、そうなるのが当然だと、そう言うべきだろう。
「ヒルデガルドは先ほどのをどう思ったである?」
「そうじゃな……我も特に不自然なところはないと思ったのじゃ。というか、ああなるのが普通じゃろう。むしろ不自然と言ったら、それはイングリッドの方じゃな」
「で、あるよな。歓迎されるとは思わなかった、というだけであれば認識が甘い、というだけであるからそう不思議でもないのであるが……」
イングリッドの言い方からすると、まるで敬遠されると思っていた……いや、それが当然だと言わんばかりであった。
しかし実際には真逆である。
普通に考えればイングリッドが大袈裟に言っていただけ、となるのだが、イングリッドの戸惑いもまたどう見ても本物であった。
つまり少なくともイングリッドはそれが事実なのだと思っていた、ということであり――
「それで、聖都での暮らしはどうだ? お前のことだから大丈夫だとは思うが……むしろお前のことだから、頑張りすぎてやしないかが心配だのぅ」
「あ、ああ……いや、大丈夫だ、問題ない。周りの人達は皆良い人ばかりだしな」
「そうか……それは何よりだのぅ。お前のことだから、向こうでもきっと頼りにされとるんだろうなぁ」
「い、いや、そんなことはない。私なんかより、周りの人達の方が遥かに優秀だからな」
「そうなのか? いや、お前のことだから、きっとそう思っている、というだけのことなのだろう。昔からお前は自分のことを過小評価しがちだったからのぅ」
「い、いや、そんなことはないと思うんだが……」
そこに覚える違和感のようなものは、今ソーマ達の目の前で繰り広げられているものからも伺えた。
村長はしきりにイングリッドへと話しかけており、その瞳は優しげだ。
本当に心配していたのだということが一目で分かるほどであり、だが一方のイングリッドは戸惑っている様子である。
何故これほどまでに心配されており、優しくされるのか分からない、とでも言いたげな姿を見せていた。
そこにある善意は本物であるということはイングリッドも感じ取っているのか、戸惑いつつも何とかそれを表に出さないようにしているようだが、正直ソーマ達にはバレバレである。
村長にバレていないのかは何とも言えないところだが……その様子を眺めつつ、ソーマはふむと頷く。
「……どうやら、思っていた以上に色々とありそうであるな」
「じゃな。ま、貴様がいる時点でそうだろうとは思っていたのじゃがな」
「それは一体どういう意味である?」
そんなことを言い合いながらも、ソーマはぐるりとその場を一通り見渡した後で、イングリッド達へと視線を向け直す。
宵闇が迫りつつある中、さてどうしたものかと、一つ息を吐き出すのであった。
――正直なところ、ここまで上手くいくとは思わなかった、というのが本音であった。
その場に集まっている者達の姿を確認し、ひっそりとほくそ笑む。
ここに来ない可能性もあった……否、むしろその可能性の方が高かったのだ。
まんまとこの村にまで来てくれるなど、まさに僥倖である。
とはいえ、ここからが正念場だ。
折角二年もかけてここまで来たのである。
ここで台無しにしてしまうわけにはいくまい。
――全てを手にするのはアイツらじゃねえ。このオレだ。
そんなことを思い、宣言するように呟きながら、それは気を引き締めていくのであった。
イングリッドの言葉の全てを信じたというわけではなかった。
それはイングリッドが信じられないというわけではなく、何か思い違いがある可能性もあるのではないかと思ったからだ。
エレオノーラ達からの評価を、何故か誤って受け取っていたように。
だが――
「おうおう、よく帰ってきたなぁ。元気でやってんのか?」
「突然帰ってくるなんて驚いたけど、まあアンタも忙しいんだろうからね。とりあえず元気そうな顔を見れて安心したよ」
「今日の飯はどうするか決まってんのか? 決まってねえんならウチで食ってけよ。なーに、今更遠慮なんていらねえよ!」
「聖都での暮らしはどうよ? 俺達はあんま縁がねえからな。よかったら色々と聞かせてくれよな!」
正直なところ、さすがにここまでとは思ってもいなかった、というのが本音である。
そう、村に辿り着くなり、イングリッドは盛大に歓迎を受けていたのであった。
しかしそれがイングリッドにとっても本当に予想外であったようなのは、その顔に浮かんでいる表情が示す通りだろう。
困惑を浮かべたまま、イングリッドは自分の周りに集まってきた村人達のことを眺めている。
そしてソーマ達は、そんなイングリッド達のことを少し離れたところから眺めていた。
どうしたものか迷っていた、と言った方が正確かもしれないが。
「さて……どうしたものであるかな……」
「本当に歓迎されているようじゃし、特にどうにかする必要もない気がするのじゃがな」
ちなみにヒルデガルドは、馬から下りるとようやく元に戻った。
その顔に満足そうな笑みを浮かべているところ以外は、ではあるが、まあその辺はもう気にしなくてもいいだろう。
ともあれ……ヒルデガルドの言うことにも一理ある。
追い出そうとしているのであればともかく、歓迎してくれているのだ。
何かをする必要があるかと言えば、別にそんなことはない。
ない、のだが――
「ああいや、その、だな……」
イングリッドは、本気で困惑しているようであった。
ちらちらとこちらに、助けを求めるような視線も向けてきている。
さすがに歓迎されているから構わないだろうと、あのまま放っておくわけにはいかないだろう。
「とはいえ、どうするのじゃ? イングリッドが困っているから止めろ、と我らが言うのも妙なことになりそうじゃしな」
「そうなのであるよなぁ……ふむ」
と、そんなことを言っていると、その場に一人の人物が進み出た。
それは腰の曲がった老人であり、柔和な笑みを浮かべながらその場を見渡す。
「これこれ、皆の衆。イングリッドが帰ってきてくれて嬉しいのは分かるが、本人が困っているぞ? とりあえず、そこら辺にしておくのがいいと思うがのぅ」
その老人の言葉で、ようやく皆は冷静になれたらしい。
それぞれが気恥ずかしそうな表情を浮かべながら、バツが悪そうにイングリッドへと謝り始めた。
「確かにその通りだな……突然色々と悪かった」
「そうだねえ……あまりにも久しぶりだったからちと興奮しちまったよ。悪かったね」
その様子を眺めながら、ソーマはほぅと感心したように息を吐き出した。
それほど強く言ったわけでもなく、また普通の言葉であったというのに、見事な統率力を見せたのだ。
年季も感じられたし、おそらくはあの老人が――
「……村長」
ソーマがその名称を思い浮かべたのと、イングリッドがそう呟くようにその名を呼んだのはほぼ同時であった。
それに老人――村長は相好を崩すと、細い目をさらに細めながらイングリッドのことを見つめる。
「すまんかったのぅ、イングリッド。皆お前が帰ってきてくれたことが余程嬉しかったようでな」
「い、いや……戸惑いはしたが、ありがたいことだからな」
「そう言ってくれると助かるのぅ。それで……今日はどうした、というのは聞いてもいいのかのぅ。お前はもうこの村の一員ではなく、聖都の聖騎士様で……今日も、ただ戻って来たというわけではないのだろう?」
そう言って村長は、こちらへと一瞬目を向けてきた。
なるほど、ソーマ達と共に来たということで、ただ帰省しにきたわけではないと見抜いているらしい。
それほど大きくない村とはいえ、まがりなりにもそこを治めている立場なだけはあるというわけか。
「……そうだな。今日は少しばかり用事があったからこそここに来た」
「ふむ……どうやらこの場で話すことではないようだのぅ。では、儂の家に行くとするか」
「……いいのか?」
「何を遠慮しとる。短い時間とはいえ、お前も暮らしたことのある場所だろう? 聖都の聖騎士様になったとしても、それは変わらんのだ。何も遠慮することはない。そちらの方々も、どうぞご一緒に」
「ふむ……お気遣い感謝するのである」
「感謝なのじゃ」
折角誘ってくれたのだ。
それを無碍にすることもあるまい。
そう思ってイングリッドへと視線を向ければ、未だ戸惑っている様子ではあったものの、しっかりと頷きを返してくる。
決まりだ。
そうしてソーマ達は、一先ず村長の家へと向かうことになったのであった。
藍色が混ざり始めた空の下を、ソーマ達は揃って歩いていた。
そろそろ日が暮れようかという頃合だが、元々到着するのはこのぐらいになるだろうと予測していたためそれ自体は予想通りだ。
歩を進めながら周囲を眺め、ソーマは目を細める。
その村を最初に見た時にソーマが抱いたのは、随分と長閑な村だなというものであった。
東側にあった街とは大違いである。
ソーマが東から聖都に入ったというのは既に語った通りだが、東側にもちょうど馬で半日程度の場所に人の住む集落があった。
だがあそこははっきりと街と呼べるものであり、下手をすればラディウスの王都よりも栄えているとすら思えるような場所だったのだ。
少なくともこの村とは雲泥の差である。
とはいえ、ソーマがどちらを好むかと問われれば、迷いなくその村の方を選ぶだろう。
ソーマは前世で剣の腕を極めようとしたものの、別に荒事を好むというわけではない。
長閑な場所で好きなことをすることが出来るのならば、それに越したことはないのだ。
ただし何故か、不思議とそうはならないというだけで。
ともあれ、そんな場所へとやってきたソーマ達を目にした村人達の反応は、まず驚きを示すというものであった。
しかしこれはイングリッドに気付いたからではなく、その外見を目にしてのものだろう。
イングリッドは、聖騎士の正装だという鎧を着たまま帰省したのだ。
イングリッドの話によれば、その村の人達は聖都の近くに住んでいる割に聖都に行くことはほとんどないということらしい。
だが、さすがに聖騎士の姿ぐらいは分かるだろう。
そして聖騎士とは、あくまでも聖都の守り手だ。
聖都の外に出るということは滅多にない。
場所柄旅人には慣れているだろうが、聖騎士がやってくるなど慣れているわけもなく、驚くことになった、というわけである。
しかもよくよく見てみれば、その聖騎士は聖騎士になるために村から聖都へと向かった者なのだ。
さらなる驚きと共にそれが周囲へと広がり、先ほどの騒ぎとなった、というわけである。
「ふむ……」
村長の家へと向かいがてら先ほどの状況を思い返してみたが、やはり不自然な点はない。
むしろソーマが当初考えていた通りの流れだ。
どちらかと言えば、そうなるのが当然だと、そう言うべきだろう。
「ヒルデガルドは先ほどのをどう思ったである?」
「そうじゃな……我も特に不自然なところはないと思ったのじゃ。というか、ああなるのが普通じゃろう。むしろ不自然と言ったら、それはイングリッドの方じゃな」
「で、あるよな。歓迎されるとは思わなかった、というだけであれば認識が甘い、というだけであるからそう不思議でもないのであるが……」
イングリッドの言い方からすると、まるで敬遠されると思っていた……いや、それが当然だと言わんばかりであった。
しかし実際には真逆である。
普通に考えればイングリッドが大袈裟に言っていただけ、となるのだが、イングリッドの戸惑いもまたどう見ても本物であった。
つまり少なくともイングリッドはそれが事実なのだと思っていた、ということであり――
「それで、聖都での暮らしはどうだ? お前のことだから大丈夫だとは思うが……むしろお前のことだから、頑張りすぎてやしないかが心配だのぅ」
「あ、ああ……いや、大丈夫だ、問題ない。周りの人達は皆良い人ばかりだしな」
「そうか……それは何よりだのぅ。お前のことだから、向こうでもきっと頼りにされとるんだろうなぁ」
「い、いや、そんなことはない。私なんかより、周りの人達の方が遥かに優秀だからな」
「そうなのか? いや、お前のことだから、きっとそう思っている、というだけのことなのだろう。昔からお前は自分のことを過小評価しがちだったからのぅ」
「い、いや、そんなことはないと思うんだが……」
そこに覚える違和感のようなものは、今ソーマ達の目の前で繰り広げられているものからも伺えた。
村長はしきりにイングリッドへと話しかけており、その瞳は優しげだ。
本当に心配していたのだということが一目で分かるほどであり、だが一方のイングリッドは戸惑っている様子である。
何故これほどまでに心配されており、優しくされるのか分からない、とでも言いたげな姿を見せていた。
そこにある善意は本物であるということはイングリッドも感じ取っているのか、戸惑いつつも何とかそれを表に出さないようにしているようだが、正直ソーマ達にはバレバレである。
村長にバレていないのかは何とも言えないところだが……その様子を眺めつつ、ソーマはふむと頷く。
「……どうやら、思っていた以上に色々とありそうであるな」
「じゃな。ま、貴様がいる時点でそうだろうとは思っていたのじゃがな」
「それは一体どういう意味である?」
そんなことを言い合いながらも、ソーマはぐるりとその場を一通り見渡した後で、イングリッド達へと視線を向け直す。
宵闇が迫りつつある中、さてどうしたものかと、一つ息を吐き出すのであった。
――正直なところ、ここまで上手くいくとは思わなかった、というのが本音であった。
その場に集まっている者達の姿を確認し、ひっそりとほくそ笑む。
ここに来ない可能性もあった……否、むしろその可能性の方が高かったのだ。
まんまとこの村にまで来てくれるなど、まさに僥倖である。
とはいえ、ここからが正念場だ。
折角二年もかけてここまで来たのである。
ここで台無しにしてしまうわけにはいくまい。
――全てを手にするのはアイツらじゃねえ。このオレだ。
そんなことを思い、宣言するように呟きながら、それは気を引き締めていくのであった。