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Published at 8th of November 2021 11:23:12 AM


Chapter 520: 520

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その姿を見かけた瞬間、少女は反射的に自分の目をまず疑った。

そこに居るはずのない少年の姿が、そこにあったからである。

「な、なんでアイツがこんなとこに居やがるんです……!?」

樹の陰に隠れながら様子を見るも、他人の空似という可能性はなさそうだった。

だが同時にそれは、有り得ないことだ。

「あそこからここまで、どんだけ離れてると思ってやがるんです……? まあそりゃ急いで向かってくれば、可能ではあるですが……」

しかし問題は、彼にはそんなことをする理由がない、ということである。

それこそ、今回のことを予め知ってでもいなければ――

「……いや、それこそありえねえです。状況からいって、今までのはただの偶然っぽいですし……でもなら、つまりこれはどういうことなんです?」

幾らなんでも、タイミングが良すぎる。

今まで陰も形もなかったというのに、何故よりにもよってこのタイミングで現れるというのだ。

「……まさか、スパイです? いや、ですが……」

正直言って、その可能性は考えづらい。

単純に、既にそれを可能とするほどの人材がこちらには残っていないからだ。

組織としての体裁を保つのすら難しい状況なのに、そんなものがいたら一発で分かるだろう。

それにそもそもの話、今回のことは誰にも話していないのである。

スパイのしようがなかった。

となれば、後はもう運としか言いようはなさそうだが――

「何らかの理由でアイツがここに、しかもこのタイミングで来るとか、どんな運のなさなんです……? ……いえ、或いは――」

――自分が心のどこかで、それを望んでいたからだろうか。

そんなことを一瞬考えてしまい、慌てて首を横に振る。

そんなことはない。

あっていいはずがない。

それはただの気の迷いであり……そもそも、余計なことを考えている場合ではないのだ。

「……偶然ここに迷い込んで、何もせずに帰るって可能性もあるですし。とりあえず、様子を見るですか……」

自分に言い聞かせるようにそう呟くと、少女は森の奥へと進んでいく少年の後を追いかけた。

生い茂った森の中を、ソーマは一人歩いていた。

さてどうしたものかと呟くも、それ以外の音はそこにはない。

精々が、風と木々のざわめきぐらいだ。

騒がしいほどであったエルフ達の声は一つ足りとも聞こえてこず、また気配すらも感じることはない。

どうやら本当に、全員が家の中に閉じこもっているようだ。

ここからでは分かりづらいものの、とうに日は昇っており、ソーマが外にいるのは、当然のように男の家を後にしたからである。

なのに未だにそこに……エルフの森に留まっている理由は、単純だ。

ソーマには最初からここを出て行くつもりなど、毛頭なかったからであった。

昨日のフェリシアの様子がおかしかったことは、馬鹿でも分かることだ。

ならば話していた内容も、全てが嘘ではなくとも、本当でもないのだろうと予測することは難しいことではない。

いや、フェリシアはともかくとして、少なくともヨーゼフが嘘を吐いていたことだけは、確実だろう。

何故ならば、ソーマはシーラから聞いた事があるからである。

エルフは嘘を吐かないが、それは掟で決まっているだけであり、吐けないわけではない、と。

嘘を吐かないのと嘘を吐けないのとは大違いであり、あのヨーゼフがそこを間違えるとも思えない。

少ない会話の中でも、その程度を察することは可能だ。

それにシーラは確か、掟には例外も存在していると言っていたはずである。

その内容まではさすがに聞けなかったが……あの時は何らかの理由によりそれに該当していた、ということなのだろう。

「……まあ正直、どうでもいいことではあるがな」

重要なのは、フェリシア達がそんなことをしてまでソーマをここから遠ざけようとした理由である。

掟だというのは、多分事実ではあるのだろう。

しかしどう考えても、それだけではなかった。

それだけでは説明がつかないところが、幾つか存在しているのだ。

そしてそれに関しても、ソーマは何となく察していた。

恐怖を覚えるほど怯える存在に対し、それを崇める者達が取れる手段はそう多くはない。

鎮めるなどといったところで、お怒りを静めてくださいませなどと祈って大人しくなってくれるのならば、大袈裟な儀式などというものは必要ないし、そもそも怯えることなどはないのだ。

だからそういった存在に対する手段としては、大雑把に分けてしまえば二つのうちのどちらかとなる。

抗うか、従うかだ。

だがどちらを選ぶにせよ、相手は格上の存在である。

何の代償も必要とせずどうにかしようなど、楽観過ぎる考えだろう。

そのための魔女だといわれれば、なるほど如何にもそれらしい理由だ。

否……ある意味でそれは、間違いでもないのかもしれない。

儀式とやらの内容を鑑みるまでもなく、魔女は代償と引き換えに何かをするのに、おそらくは最も適した存在である。

ただし問題となるのは、代償は何でそれを以って何をするのか、ということだ。

あの儀式で差し出されたものをそのまま使うのであれば、何の問題もない。

しかしそれならば、あんな大仰な儀式はそもそも必要ないだろう。

今日のこの一日も、まるっきり無駄だ。

いや……無駄だというのならば、昨日の儀式の一番最後のものが、最も無駄であった。

心を伝えるための話し合い?

どう考えてもそれは、ただの建前だ。

そう断言出来るのは、昨日フェリシアと話していた彼らが、儀式を行なう巫女に対するものにしては……そして、魔女に対するものにしては、あまりにも親しげだったからである。

同時に、悲壮感が漂い過ぎてもいた。

酒を飲み騒がなければ、誤魔化せないほどに。

ふとソーマが思い出すのは、昨日男の家に泊まった際、酒を飲みよく回るようになったその口から語られた、とある少女の話だ。

この森にかつて住んでいた、白い髪を持つ少女の話。

同じ色の髪を持つ母とは離れ、それでも族長だった父と、父と似た兄や妹と暮らし、周囲とも上手くやり……やがて母と暮らすようになってしまったということ。

その数年後に父と母を亡くし、一人となってしまった、そんな少女の話であった。

正確には、兄と妹とは、細々とながらも交流はあったらしいが……その程度のことが慰めとなっていいはずがないと、そんな言葉も思い返し――

「さて……本当にどうしたものであるかな」

語られなかった事は、きっと沢山あるのだろう。

語る必要が、その価値がないと、そう判断されたものが。

まあ、とはいえ。

「結局のところ、やることに違いはないであるか」

だからこそ、こうしてここを歩いているのだ。

フェリシアを探し……そして――

「……ま、それもこれも、まずはフェリシアのところに辿り着く事が出来れば、の話ではあるが」

呟き、周囲を見渡し、溜息を吐き出す。

というのも、ソーマが男の家を出たのは日が出始めてすぐのことだったのだが……今は分かりづらいものの、既に日は中天に届きつつある頃だ。

この森はそれなりに広いようだが、さすがにそれだけの時間があれば隅々まで見て回ることは出来る。

だというのに、ソーマは今の今まで、フェリシアの存在の痕跡を欠片も見つけることが出来なかったのだ。

昨日は確かにあの広場に来ていたにも関わらず、である。

こうなってくると、可能性としてあるのは幾つもない。

そしてその中で最も可能性が高いのは、ソーマでは辿り着けない場所に居る、というものだ。

例えば、あの魔女の森のような。

もっとも、それが分かったからといって、具体的な解決策は思い浮かばない。

手っ取り早いのは直接誰かに聞くことだが……さすがに聞いたところで教えてはくれないだろう。

エルフは全員家に引き篭もっているはずだし、そもそもソーマは本来既にこの森を出ているはずなのだ。

そんな相手が何を尋ねたところで、相手が応えてくれる道理はない。

それはあの男にしても、同じことだろう。

まあいざとなれば強引にでも聞き出すつもりではあるが、今はまだその時ではない。

儀式の本番は、明日のはずなのだ。

それまではさすがに、下手なことは起こらないだろう。

最終手段は後に取っておくとして、今は一先ず――

「とりあえず怪しそうなところを片っ端から斬ってみるであるか。幾つか目星はついているであるし……まあ、最悪でも半壊はせんであろう。明日家の外に出てみたら皆びっくりするかもしれんであるが、その程度許容範囲――」

「――なわけねえじゃねえですか!? オメエの優先順位はどうなってやがるです!?」

と、そんなことを呟いていたら、後方からその叫びが聞こえた。

それは聞き覚えのない声であり、振り向いてその姿を確認してみれば、やはりそこにいたのは見知らぬ少女だ。

ただし。

「お、見事に釣れたであるな」

「って、あ……つ、ついやっちまったです……って、ん? 釣れた、です……?」

「うむ、後ろから誰かがあとをつけてたのは気付いてたであるからな」

「――なっ」

元より追跡などには向かない場所である。

そんな場所で、少女は割と上手くやっていたと思うし、最初はソーマも気付かなかった。

だが森を歩き回っていれば、ずっとそれを隠し切るのは不可能だ。

それでも放置していたのは目的が分からなかったからであり……今釣り上げたのは、ここから先の方針を決めかねていたからであった。

もっとも正直なところ、先ほどので本当に釣れるとは思っていなかったわけだが。

「くっ……まさかこんな間抜けを晒すなんて……我ながら馬鹿じゃねえです……!?」

「まあまあ、そんな自分を卑下するものではないであるぞ? 本当に尾行そのものは中々のものだったと思うであるし」

「さらに情けなくなるだけだから余計なフォローはやめろです!」

「そうであるか? なら率直に聞くであるが――何者である?」

「――っ」

こちらの問いに息を呑んだ少女は、見た目からしてエルフではなかった。

それは髪の色の時点で明らかであり、黒よりの紫、というところだろうか。

おそらくは、人類種だ。

まあ、ソーマがここに居るように、かつてはドリスなどもそうであったように、ここにエルフ以外の者が居ることは当然有り得るのだろう。

偶然今日ここを訪れた者が居ないとも、言い切れない。

しかしソーマのことを尾行していた時点で、偶然だと言い切るのは不可能だ。

とはいえソーマ自身自分の行動が怪しかったという自覚はあるので、それを理由にされたらちょっと困るのだが――

「……はぁ。ま、仕方ねえですか……」

だがそう言って溜息を吐き出すと、少女は特に言い訳をしようとはしなかった。

ただ。

「こっちの身分は言いたくねえから言わねえです。ただその代わり、良い事を一つ教えてやるです」

「良い事、であるか?」

そうして、何かを諦めたような……同時に何処か清々としたような顔で――

「多分今オメエが一番知りてえことですよ。明日の儀式が行われる場所。そこへの行き方を教えてやるです」

そんな言葉を口にしたのであった。





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